2007年9月 8日 (土)

(180)ファン

Photo 平山郁夫スケッチ集より「富士山」今日 NHKのBsハイヴィジョンで小澤征爾の特集番組が10時間に亘って放映される。小澤ファンとしては見逃せない番組だが 朝から晩までズーっと用事があって家を留守にするので、DVDに撮って置くことにした。便利な世の中になったものだ。

 私は 小澤が日本フィルを振っていた時からの定期会員で、彼がボストンを根城に 年に1回 新日本フィルを振るように変わってからも 引き続きそちらの定期会員になって もう数十年にもなる。

 先だっての朝、NHKの「この人と共に」という番組で、N響(当時は日響だったか?)と小澤が不仲になって それをバネに彼が世界の頂点に登りつめた話をしていたが 永年のファンとしては胸のすく思いで嬉しい。「男はそうじゃなくちゃー」と思わずうなずいてしまう。

 Photo さて 左の写真は 山田和樹指揮する東京混声合唱団の創立50周年記念演奏会シリーズ第2集のCDのブックカヴァーである。このCDはレコード芸術特選盤になり、毎日新聞でも某評論家が推薦をしていたが、山田君のホームページには売り切れと書いたあったので、誰かに借りるかなと諦めていたが、先日 銀座の楽器店で見つけたので買ってきた。

 山田君との出会いは、彼が東京芸大の1年生の時だった。歌好き爺さんのブログ百話の第16話(去年の6月)で少しご紹介をしたが、最近の活躍は目覚しい。1998年からの成長を傍から眺めているだけだが、シニア会を指揮した人が日本唯一のプロ合唱団を指揮して、リリースしたCDが売り切れるほどの評判と聞けば、嬉しくないはずがない。

 それでも私がWグリーOB会の会長をしている時に、演奏会の都度客演の指揮者を迎えている現役グリーの幹部に、「クラブカラーの継承のためにも年に一度は山田君に振ってもらえ」 と言ったことが守られているようで有難い。先ほどのCDの指揮者紹介文に、合唱の分野で現役グリーや稲門グリーとの共演が履歴のなかに含まれていたのが嬉しかった。Photo_3 平山郁夫スケッチ集より興福寺「阿修羅」

 山田君は東京芸大で小林研一郎、松尾葉子の両氏に師事した。同門の後輩の三ツ橋敬子さんはいまウイーン音楽大学で勉強中だが、この度 山田君の同門の先輩 大井剛史さんが プラハに住居を移して なお勉強するという。シニア会では、大井さんとハワイ演奏旅行、三ツ橋さんと台湾演奏旅行の想い出がある。お二人の凱旋を待つと共に、末永くその音楽に接していたいと思う。

2007年8月29日 (水)

(177)300回クラブ

 正式なグループではないが、私が名付けたグループ名である。シニア会の創立以来432回の練習に 300回以上参加された方々12名がそのクラブ員で 直近の方も6名いる。年平均30回以上参加となるから練習熱心な古いメンバーとなり、いきおい高齢者揃いのシニア会の中でも 相当の高齢者となる。

 シニア会が創立以来参加している昌平音楽祭に 9回まで皆勤されたのに、先日開かれた第10回には参加できなかった方がこの中から何人か出てきた。「若さが売りもの」というグループとは正反対な「お歳が売りもの」のアクティヴシニアだから、大高齢者が出演されないとなると 大看板が出ない芝居みたいになってしまう。

  前列右から2番目の方0145_edited_2  中でもNさんは昭和12年卒の大先輩で、パートはセカンドテノールだから いつも前列の中央が指定席となっている。シニア会を聴きに来る定連さんは Nさんのお元気な姿に いつも感心し励まされている。アクティヴシニアの看板娘ならぬ看板爺さんだから 何時までも参加して戴きたいのだが、今年の昌平音楽祭は直前に風邪を引かれ 遂に出演を断念されたと聞いていたが、精神力で治されて、無事 今年も出演された。流石シベリア抑留者の生き残りだ。根性が違う。

 先輩のお誕生日は演奏会当日の8月26日なので、交流会後の2次会でバースデイケーキがプレゼントされご機嫌であった。我々が歌う前に小生が一言喋って「私は 大学を出てから55年も歌い続けていますが、70年も歌い続けておられる先輩がいます。」と紹介したら 会場がどよめいた。昭和12年(1937)卒だから そういう計算になる。

 私たちは「涙そうそう」と「千の風になって」を指揮者のM君の編曲で歌った。秋川某のように若くてイケメンといったかっこ良さが 薬にしたくもない団体だから 歌唱で勝負というところだが、ご存知のように歌の歌詞が余りにも我々に似合いだから、真に迫った演奏になったかも知れない。アンコールは昌平小学校校歌を男声4部合唱で歌い、児童達に喜ばれた。0150_edited

 あと数年で練習回数が500回を超えるから、500回クラブが出来るだろう。なんとかそのクラブ入りを果たし、700回クラブ創設を目指したい。ちなみに小生は今年3月末で369回となっている。

2007年8月25日 (土)

(176)第10回昌平音楽祭

Photo 第10回昌平音楽祭のポスター 明日26日に昌平音楽祭が今年も開かれる。千代田区外神田の昌平小学校のコミュニティスクール(略称 昌平コミスク)の主催による演奏会で今回が10回目となる。昌平コミスクは、もと芳林小学校の跡地に建てられた昌平童夢館の運営に協力をしているボランティア団体である。

 地域に開かれた施設の昌平童夢館には、小学校の他に幼稚園、児童館、まちかど図書館等が入っていて、校庭、プール、図書室、そして その他の施設を学校等が使用していない時間に一般に貸し出している。シニア会はその施設の多目的ホール、体育館、集会室、音楽室等を利用している。

 そのようなグループが幾つもあるので、先に述べた昌平コミスクの呼びかけて10年前に音楽祭が始まった。実はシニア会がここで練習するようになった時期に、小生の孫が通学していて、PTAの役員さんと娘や婿さんが親しかったので、孫が入っている昌平小金管バンドの発表する場と、シニア会の発表する場を共有すれば、チビちゃんとお爺ちゃんとの共演の場となって面白かろう と考え企画し話を持ち込んだのだ。

 小学生の金管バンドなんか と始めは多寡をくくっていたシニア会のメンバーも、小さな子供が重いチューバを抱えて大きな音量で吹き、立派な演奏をするのに驚いたり感心したりして、シニア会第2回の定期演奏会から連続して特別出演をして貰い、第4回と5回には四谷区民ホールまでも来てもらった。

 童夢館多目的ホールで催される昌平音楽祭に出演している定連の中に「コール・ヌーヴォ」というアンサンブルがある。男声2人女声3人の編成で これが誠に上手い。いつもその演奏に感心しているのだが それにもまして好感がもてるのは、そのグループの持つ雰囲気である。

 今年はもう加わらないかも知れないが、小さな男の子がお母さんと手をつないで いつも一緒に歌っていた。そうなる前は親父さんに抱っこしてもらっていたし、その前はお母さんの足元でハイハイしていたし、その前はお母さんが大きなお腹で歌っていた。きっと お腹の中でアンサンブルを聴いていたのだろう。Ufj2006

 そんな風に長い付き合いだから、演奏会が終了してからの交流会がとても楽しい。少々のアルコールが入ってすこぶる盛り上がる。第2演奏会が始まって、普段着の歌声、踊りの競演となる。みんな顔見知りだし遠慮もなくなって他の団体の歌に紛れ込んだりする者もでたりする。会費1000円で楽しく飲もうと 毎年知恵を絞ってきた。今年はそこで「ビールをまわせー そこまで飲もう」と「すごい男の唄」を歌って盛り上げる。指揮者の丸山君にお願いして編曲して貰った。ここで初公開の筈だったが、OB4連の打ち上げで歌わせて欲しい と依頼が来た。勿論使ってもらって丸山君も嬉しいが 「本家はここよ」とだけ書いておこう。「あんた(昌平)が1番、わたし(シニア)は2番、ハッ! ドンドン」

 ここで訃報を載せる。8月4日にベースの加納さんが亡くなられた と奥さんからお便りを戴いた。後日詳しく書こうと思っているが また一人という感じで淋しくなる。

2007年8月11日 (土)

(172)アンコール

44_001 再興代44回院展集表紙絵 「葡萄」 小倉遊亀  リサイタルや合唱のコンサートでは 数曲のアンコールが演奏されるのが普通で お客様もお義理にアンコールを求めることも多い。最近は オーケストラの演奏会でも名曲コンサートのような場合、アンコールが多くなった。但しこの場合は 大相撲の同体取り直しのように、一番儲かったという感じに似ている。だからこれが癖になると お客がアンコールの演奏を強要し、楽団のほうも適当な曲を用意してノルマを果たして終演ということになってしまい 本来あるべき感動的終演と異質な幕切れとなってしまう。

 定期演奏会でアンコール演奏がなされることは少ないが、協奏曲がプロにあった時などにソリストが短い曲を演奏してくれることがある。先日新日本フィルの定期で エルガーのチェロ協奏曲を弾いたソル・ガベッタさんが いい曲を披露してくれた。前段で書いたお座なりのアンコールと違い、こういうときの演奏はいつも素晴らしい。

 最高音の弱音から始まるその曲の途中に演奏者の歌が加わる。メゾソプラノの肉声がまたなんとも言えず、思わず休憩時間に彼女のCDを買ってしまった。その曲はヴァスクス作曲「テェロのための『本』より」と掲示に出ていたが,男性のソリストが弾いて 歌ったとしたらどんな感じになるのか、或いはそのメロディは彼女のアドリヴか?勿論CDにその曲はなかった。

 家に戻ってから調べたら、ヴァスクスは1946年ラトビアに生まれ、元はコントラバスの奏者であったという。1990年以降作曲家としても知られるようになったらしい。パソコンは便利だと思う。直ぐにこんなことも判ってしまう。演奏者のソル・ガベッタさんは1981年生まれ、2006年から世界各地のメジャーなオーケストラと共演をしている。此の夜の演奏も生きが良くて楽しかった。Photo

 新日本フィルの定演で小澤征爾指揮、ロストロボーヴィッチ独奏のドボルザークのチェロ協奏曲を初めて聴いて感動したことを思い出すが、それは1984年のことだった。思えば今日のソリストはその頃に生れているのだ。それから何曲かのチェロ協奏曲も聴き、その中にはスラヴァの再演や女性のソリストもあったが、今回のソリストは今後長く活躍する演奏家だと思う。

 昨夜は私達シニア会のメンバーが昔からお付き合いをしている女声コーラスの発表会があった。お客さんのほとんどが身内という気楽さもあり、指揮者の方からアンコールの押し売りをしますと挨拶があって2曲が演奏された。こういう場合は心温まる拍手が送られる。昨晩も全4ステージ暗譜演奏に敬意とねぎらいの拍手が長く続いた。

2007年7月28日 (土)

(168)OB4連

Zenkei  明日29日 神戸国際会館こくさいホールで第16回のOB4連が開かれる。正式な名称は「東西四大学OB合唱連盟演奏会」という。東は 早稲田、慶応、西は 関学、同志社、東西大学グリーOB男声合唱団の雄が一同に会する。出演メンバーは合同演奏の練習に備えて今日から神戸入りしているはずだ。

 「雀百まで踊り忘れず」で現役時代のハーモニーが忘れられぬOBが2年に1度合同の演奏会を開いている。現役は毎年なので、4年間の在学中に関西で2回は歌う機会がある。関西の大学はその逆で東京のホールで年2回歌うことになる。OBは8年に1回当番が廻ってきて今回は新月会(関学グリーのOB団体)が新しく出来た神戸国際会館ホールを設営した。

Ob15 前回の第15回は早稲田が当番校で 演奏会は東京芸術劇場大ホール、打ち上げ会場は隣のホテル メトロポリタンであった。左の写真は2005年7月24日、今回の当番校新月会の理事長さんに 小生が引き継ぎをしているところだ。

 第1回は1977年7月3日、東京の九段会館で慶応が当番校であった。そのプログラムもとってあるので右側に掲載しよう。Ob 今から30年前 王選手756本の本塁打世界記録達成、日本赤軍、日航機をハイジャック等があった年だった。この時の早稲田は長澤護指揮でお得意の黒人霊歌 ソリストに当時としては最強の藤田昌嗣、岩本孝嗣山本健二の3君が美声を聴かせた。合同演奏は 北村さんの指揮で「月光とピエロ」だった。

それから回を重ねて今回が16回となったのだが、15回連続出場の私はとうとう出演を諦めた。いつかこういう日が来るものと覚悟はしていたが やはり淋しい。演奏曲は清水脩さんの「アイヌのウポポ」。かって堀俊輔君の棒で歌ったことがあるので 練習に出さえすれば出来ない曲ではないが、週に2回の練習となると 色々と用事もあるので さんざん迷った挙句参加を断念した。出演すると決めたからにはなるべく欠席しない というのが私の信条だし 満足に練習にでないで参加する奴を見ると腹が立つという男だから、とうとう諦めた。

 指揮者の山脇君とのメールのやりとりをご紹介する。福井です。OB4連は参加できず済まないと思っています。連続15回出演の記録も途絶えました。残念ですが何時かそういう機会が来るんだと実感しております。週2回の練習は辛い と思うと同時に 義務感が失われたのも大きな原因です。ご成功を祈っております。稲門グリーの若返りの日も待っております。

 山脇です。OB4連はお蔭様で楽しくやらせて貰っていますが、シニアの方々があまりいらっしゃらないので少し淋しい思いです。OB会活動の多様化の流れの中で、どうやったらOB4連、OB6連といった活動が共存できるのか?というのを少し模索しております。(中略)

 他の団体が軒並み100人前後の規模の中で50人というのは、演奏レベルとしては充分に肩を並べられるとは思いますが 規模だけを見ると少し寂しいものがあります。とはいえ、福井さんもおっしゃるとおり、週2回の練習というのは、普通に考えても大変なことです。ましてや義務感だけで何年も続けられることではないと思うのです。またゆっくりお話を伺えればうれしいです。

Ob10

左の表彰状は新月会が当番校のとき、連続10回出場を果たした者にお遊びで呉れたものだ。各校とも何人かいたが連続20回となると 40年無事息災で転勤もなくということになるから中々大変だ。現に私も15回で挫折した。

2007年6月20日 (水)

(157)うぬぼれ

4_2  アンコールで「遥かな友に」を歌うかねて制作中だったシニア会創立10周年記念演奏会(3月18日大井町きゅりあん大ホール)のライヴ録音CDが完成間近ときいて、既に出来ていた音源だけの いわば原盤をヘッドホーンで聴いてみた。これで聴くと各パートの音が適確に聴こえ、こんなにいい演奏だったのか?と勘違いするほどに上手い。本当は収録した柴田君の耳がよくて、よくミキシングしてくれたからだと思うがシニア会も中々のものと一寸嬉しくなる。TGCD-2002はこんな顔をしています。Cd21 10周年の祝賀の花火が上がりました。

録音は当日のプログラム通り「輝く太陽」に始まり「西岡 瞳編曲集」6曲、フランスの詩による男声合唱曲集「月下の一群」5曲、平野淳一編曲による「山田耕筰作品集」4曲とアンコールの「校歌」と「遥かな友に」計18曲が収録されていて、特別出演の岡村喬生の独唱や柿沼 郭の語りなどはカットされている。

  西岡さんの編曲集は「芭蕉布・高原列車は行く・津軽のふるさと・百万本のバラ・平城山・My Way」からなる。ブログ百話の第一集11話に「西岡 瞳さん」として彼女をご紹介しているが、それは去年の6月16日のことだった。その中で編曲をお願いした15曲にもなる曲名が書かれている。何度もステージで演奏しているので歌いなれてはいるが こうして聴いてみると編曲の素晴らしさが判る。そして この演奏は彼女のピアノ伴奏がまた素晴らしい。随分と歌を助けてもらっている。

  ホールは音響がいいので歌っていても愉しいが、音のバランスまでは判らない。指揮者は中央に立って聴いているから一番いいところで聴いているということになるが 横に広がったメンバーに音のバランスまでは判らない。だから 別採りした音をバランスよく組み合わせれば 絶妙とは言わないまでも 編曲者の意図した音が聴こえるようになる。こうして聴いてみて編曲のよさも改めてわかったような気がする。

  毎朝ひげをそるために見る鏡にも良し悪しがあって、自分の顔が写り良く見える鏡がある。「これは 自惚れ鏡だよ」とよくオフクロが言っていたのを思い出す。今回の録音の為に柴田君は何度も練習場に顔を出して準備をしてくれた。そんな手間を計算に入れたら とっても引き合わない制作費で作ってくれた。感謝することしきりである。さて こないだの演奏会の演奏は、お客様が褒めてくださったように【結構良かったのかな?】と自惚れそう。フリつき演奏「あわて床屋」チョッキン!チョッキン!チョッキンナ013_1 014