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2015年8月31日 (月)

(559) 夏 終わる

 今年の夏は湿気が多Image6くてしのぎにくかった。連日のように高齢者の熱中症で入院したというニュースが報道された。

 高校野球が終わって今年の夏も終わった感じになる。 7月に入って大相撲名古屋場所が始まり白鵬の優勝で幕を閉じ、引き続き高校野球100年の節目の大会が始まった。 このところ立ち居振る舞いが不自由になったので、勢いテレビをみる時間が長くなる。 高校野球は地方予選から見ていたので甲子園が始まってからは毎試合見るようになってしまった。 西東京の代表は早稲田実業、東東京代表は関東一高、 順調に勝ち進んできたので両校が決勝で当たれば良いと期待していたが、残念ながらそういう具合には行かず、決勝戦は宮城の仙台育英と神奈川の東海大相模の組み合わせになったが、投手の疲れが見えた仙台育英が敗れた。 

 Dsc_1265_480x640今年も30日の午後に第18回昌平音楽祭が開かれた。 私は出演出来なかったが、全体合唱の「ふるさと」は皆さんと一緒に歌わせてもらった。練習場に使わせてもらっている昌平小学校の多目的ホールが音響がいいので、地元の合唱団などをお誘いしてコンサートを開いてから18年になる。 歌ってからそこで打ち上げをするというスタイルで始まった。当初、孫3・4・5号が小学校の金管バンドに入っていたので、おじいちゃんと孫が同じステージに載るということで私の家族が受付から進行まで引き受けて、皆でくたびれたことを思い出す。 その金管バンドも今年は87名の参加者があり、ハーモニーも厚くなって上手になった。 18年という年月は小学生が社会人となり、シニア会のメンバーは60歳の者が78歳になってしまう。 年寄りにとっては残酷なものだ。 私も歌えないことが残念だったが、打ち上げの乾杯だけして帰ってきた。

2015年8月 1日 (土)

(558)奥の細道

Photo 【与謝蕪村が描いた画集「奥の細道」の那須湯本のかさね】

 先日 義弟の山崎さんが「奥の細道」のCD(新潮社発行)を持っきてくれた。私の両手がきかなくなって読書が出来ないのでCDなら聞けるだろうと、わざわざ買い求めてくれて 届けてくれたのだ。奥の細道の旅行が終わって12回に渡って書き溜めたブログをまとめようかと話していたので、参考になるよう届けてくれたようだ。実は準備は終わっているが 作業を再開するとおおごとになるので手を出しかねていたが、病状が悪くなる一方なので そろそろタイムリミットかと思い、着手することにした。 CDは久米明が朗読し、竹西寛子さんが解説している。 竹内さんは日本芸術院の会員で、文化功労者であるが、解説をうかがうと内容は素晴らしいが、その口調は実にゆったりとしていて、聞いていると睡魔に襲われる。 久米明は原文を朗読し、さすがに巧みであった。 

 このツアーは2010年9月29日を第一回として芭蕉ゆかりの深川を訪ね、都合16回32日間を要して芭蕉が歩いた奥の細道を私たちも辿るというものであった。 白河の関までは日帰りのバス旅行であったが、二本松からは一泊ないし、二泊の旅行であった。ブログでこの旅行のことは書いているが、今回CDをいただいたことでまとめることにした。 今になってみるとこの旅行もギリギリ間に合ったような気がする。今だったらとても参加する意欲がないし、参加不能な体調になってしまった。芭蕉と同じように人生最後の旅行ができてよかったと思う。 2011年3月に東日本大震災が起こり旅行が中断され、半年ほど間が開いてしまった。  

 芭蕉は1689年3月27日に弟子の曾良を伴って江戸深川を発ち、全行程約600里(2400キロ)を日数約150日をかけ東北・北陸を巡り1691年に江戸に帰った。「おくの細道」ではこのうち 武蔵から下野、岩代、陸前、陸中、陸奥、出羽、越後、越中、加賀、越前を通過して、旧暦9月6日に美濃大垣を出発するまでが書かれている。 私たちの旅はこの芭蕉の旅を忠実に辿ったものだ。当初、歌枕を訪ねる旅であったが、平泉で義経の最後を弔ったのがクライマックスでその後は芭蕉の俳句のエッセンス「不易流行」について書かれている。 

 尾形 仂さんはその著書『「おくの細道」を語る』(角川選書)の中で次のように書いている。  「”不易流行”の“流行”とは変化すること、“不易”とは永遠不変ということ。不易流行とは、変化することこそは不変の原理である、流行と不易とは一つのものである、という考え方で、万物流転、旅人のようにたえず移り動き変化してゆくことこそは、その宇宙を律する恒久不変の原理だということは、言葉を換えて言えば、“不易流行”の理念を打ち出したもの、ということになります。」

 

 

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