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2015年7月15日 (水)

(557)神田寺(かんだでら)

「一隅を照らす」とは、天台宗の言葉らしい。 改めてYahoo!で検索すると、「一隅を照らす運動」があるらしい。 詳しいことは検索していただきたいが、私の人生は常にそのように考えて行動してきた。中学4年(旧制)の頃、昌平小学校の横にある神田寺で青年会を作るので参加してくれないかとお誘いがあった。友松円諦先生が指導してくださって、いろいろと有益なお話を聞かせていただいた。「脚下照顧」もこの時期に覚えた言葉だ。友松先生は 当時「仏教聖典」を執筆しておられて、余暇を見つけては我々中学生と遊んでいただいた。そんなご恩があったので娘1号、2号の幼稚園は神田寺幼稚園に入園し、お世話になった。私の中学は男子だけだったので青年会で会う女学生には楽しみがあった。また 友松先生の甥っ子の東大生がいろいろと勉強も教えてくれた。  社会人になってから木曜会という講演会にも出席し、糸川英夫さんの講演も聞いた。

神田寺は今のシニア会の練習場所になっている昌平小学校横にあり、当時真理運動本部として活発な活動をしていた。全生園に慰問に行ったこともある。神田寺は「寺」という概念の建物ではなく、洋風の建物で大小の部屋があり、京都太秦の広隆寺の弥勒菩薩の肖像写真が飾ってあり それだけがお寺の雰囲気をかもしだしていた。幼稚園にもその写真が飾ってあり、園児は毎朝拝礼するようになっていた。

 Photo社会人になってから「一隅を照らす」は私のモットーとなり、そのように行動するように努めた。 自動車整備工場が所属する社団法人、 東京自動車整備振興会は行政区別に分かれて組織されており、その千代田支部の支部長のときは 東京中の各支部に負けず活発な運動を展開できるよう色々苦心した。 また、品川ブロック(品川ナンバーエリアの整備工場の集合体)長の時も同じように考えて行動した。 それが大小の整備振興会が合併するとき、小型車振興会の代表となって大型の代表の方と協力して新生振興会を立ち上げられた。 自動車整備業界に入ると当時の日本自動車整備振興会連合会会長の石塚さんに可愛がられ、色々と重要な役職に就くことなり、とうとう自転車屋から出発した私が東京の整備業界の会長までお引き受けすることになってしまった。 

 

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