(405)佐渡演奏旅行ー2
第2日 10月10日(祭)終日佐渡観光
【行程】 9時 トキ交流会館出発=トキの森公園(トキ保護センター)=国分寺=妙宣寺=大膳神社=宿根木・「花の木」昼食=小木港=真野=七浦海岸経由 大浦へ 途中 金鶴酒店=ホテル吾妻
朝 食事の前に散歩に出て、宿舎近くの牛尾神社に詣でた。昨夜の交流会でお会いした佐渡稲門会のメンバーのなかで、この神社の神職を務めている方が居られたのでお詣りに行ってみた。小さな丘の上にあり、奈良朝末期・桓武天皇による平安遷都の2年前に、出雲大社から勧請して建立したと由緒にあるから、大変な古社だ。今の社殿は120年前のものである。写真のような能舞台もある。毎年6月12日の例大祭の宵宮には、ここで薪能が奉納されるとのことであった。宮司は女性、身分は2級と伺った。女性の宮司さんは珍しいと思ったので、早速調べてみたら、平成16年3月現在 計2595名で総数の12%、その内訳は、特級1名、1級0名、2級上22名、2級187名、3・4級187名であった。(403話参照)
牛尾神社の宮司さんは両津湊にある八幡若宮社ほか11社を兼務するとあった。私の家の近所では、湯島天神の宮司さんも妻恋神社を兼務している。写真の「安産杉」は佐渡市文化財に指定されており、樹齢約千年、子授け・安産の杉として有名だという。来年の4月に末娘が出産の予定なので、しっかりとお願いをしておいた。
薪能を奉納すると一言にいっても、それはすごい事ではないかと思う。オペラは見ても能・狂言を見たことのない人間が想像しても、面、装束、小道具、楽器等の保管、技能の稽古、伝承してゆかねばならぬことが沢山にあるだろう。演技を行うシテ方、ワキ方、狂言方、伴奏音楽を担当する囃子方、それも笛、小鼓、大鼓(大革おおかわ)太鼓、など演目により多人数にもなるだろうし、それらを得意別に子供の頃から継承して、合わせの稽古も当然重ねていなければ幕が上がらない。お神輿担いでワッショイショイとは訳が違う。能舞台の近所におられる方々が楽しみながら練習しておられるのであろう。
佐渡国分寺 瑠璃堂 プロによって演ぜられる舞台ではないから、本番の時は家族が揃って観客となり打ち上げも楽しむのであろう。歌舞伎と並んで日本の代表的な伝統芸能として国際的な高い知名度を誇る能が、地域の人に支えられて伝承されている姿をみて感心した。また、古浄瑠璃、獅子舞なども代々受け継がれ現存するという。芸は一朝一夕に修得出来るものではないから、能に興味のない子供も、このような郷土芸能の指導を大人から受けているのだろう。千代田区の中学生は、在学中に1度だけ能と雅楽を鑑賞する機会があるようだが、恥ずかしながら小生は81歳になった今日まで、改まって見る機会がなかった。
アクティブに活動している能舞台は全国に70余り現存しているらしい。その内32が佐渡に現存するという。なぜ佐渡にこのような文化が根付き、今日まで伝承されたのであろうか?室町時代 能の大成者として知られる世阿弥が足利義教の命により、この地に配流されたからとか、北前船の寄港地として上方文化が常に流れ込んでいたからとか、と言われているが、江戸時代は金山の採掘で幕府が天領にしたなどと、この地が基本的にリッチであったのではないだろうか。人口比で比べるのも可笑しな話だが突出して多いと思った。
だが経済的に豊かであるだけで伝統芸能が継承されるとは思わない。そこには地域の人たちの紐帯、絆、郷土愛がしっかりとあったからだと思う。この度 トキの放鳥に当たって無農薬農業に全島挙げて取り組んだと聞くと、こころの豊かさがこの島には残っているのだと感じた。
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トキ保護センターから観光が始まった。幸い天気にも恵まれ湿度も低く快適であった。「ゆったりと刻(トキ)が流れる島 佐渡」と書かれたパンフには、「周囲281.7㎞、面積855.1㎢で伊豆大島の約10倍東京23区・淡路島の約1.5倍で日本海最大の島です」とあったが、市のホームページの数字とは若干違う。(社)佐渡観光協会が制作しているのに何故違うのだろう。人口は63,042、世帯数24,875,2011年10月1日調べとあった。人口は時により変化するが地形は変わらない。写真は絶滅する前、最後に残ったトキのキンさん。
指揮者耕納君の学友である重政さんが、今回の演奏旅行の全てを取り仕切って下さり、その期間ガイドまで務めて下さった。そして自ら作られた1時間に及ぶDVD「佐渡 映像と音楽」を佐渡の良さを理解して戴くためにと旅行者全員に下さった。そこには四季折々の佐渡の風景草花等が、詩情豊かな音楽を添えて映し出されていた。それらの一部を綿密に組み上げられた行程に沿ってご案内戴いた。茅葺屋根が暖かい国分寺、新潟県下唯一という五重塔と立派な庫裡のある妙宣寺、能舞台のある大膳神社、を見て、昼食の場所 旅館「花の木」へと向かった。途中 指揮者の原田君とピアニストの谷本君が学業のため、一足先に帰京した。
昼食後 回船業の集落として発展した宿根木(しゅくねぎ)集落と復元された千石船「白山丸」を見、小木民俗博物館を駆け足で見てから金鶴酒造の売店に寄り、昨夜の宴会で充分試飲した銘酒をお土産に仕入れた。朝から良い天気であったが夕方から少し雲が出てきて、夕陽に一番近い宿と触れ込みの「ホテル吾妻」に着いた時は、残念ながらその絶景は見られなかった。
入浴後の宴会は前夜同様盛り上がり、今度は宿の仲居さんもお客になって大拍手、益々調子に乗って歌いまくった。佐渡稲門会の奥様達による佐渡おけさ、相川音頭など、その夜も堪能し良く飲んだ。宴たけなわになった頃、お世話になった「佐渡稲門会」、「両津あてびの会」と共演した「佐渡ウィンドアンサンブル」の代表の方にお土産をお渡しして謝意を述べた。















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