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(282)先生

 毎度取りあげているが、日経新聞夕刊 5月25日の「あすへの話題」は、京都銀行頭取の柏原康夫氏がご担当で、この日は「鴨川の『床(ゆか)』、貴船の『床(とこ)』」というタイトルであった。いつもいいお話を書かれているので、月曜日の本欄を楽しみにしているが、この日の文章は実に巧みで 私にはとても書けないと感心したので、そのままご紹介させて頂くことにした。

2 (前文省略)鴨川の「床」は「ゆか」と読み、「ゆか料理」という。ところが、洛北・貴船の納涼床は「川床」で「かわとこ」と読む。とりわけ、その料理は「川床料理」と言い、「ゆか料理」とは絶対に言わない。

 貴船の川床の始まりは大正期というから歴史は浅いが、こちらも、絣の着物にたすき掛け、肩に担ぐように料理の盆を運んでくるおねえさんたちのもてなしは、山里の風情満点。料理も絶品、踊り串を刺して焼かれた鮎が、うるし塗りの台盤に乗り、その台盤には塩を使って、白鳥の羽でさっと一息に描かれた清流の波模様。そして、冷たい川のせせらぎ、緑の木々とマイナスイオンに満ち溢れる貴船は別天地となる。(後文省略)

 Photo_3第2回OB4連のプログラム私はたった一度だけの体験だからよく憶えている。 京都で第2回のOB4連があった昭和54年に、貴船の「広や」へ連れて行ってもらった。暑い祇園祭が終わったその日に、早くも解体し始めた鉾を横目で見ながらタクシーで貴船まで行き、一風呂浴びてから浴衣掛けで料理をご馳走になった。義父は二人の娘と婿さんを相手に上機嫌で,仲居さんに「先生、先生」と呼ばれてよく酒を飲み、こちらが負けそうだった。

 のちに京都で業界の会議に出席したついでに、一人で貴船の喫茶店に入った時、お店のおばさんに「先生は何処からおいでにならはった?」と尋ねられた。「東京だよ。」と答えると「ご用事は?」「会議です。」「学会どすか?」と、そんなやりとりをしながら、以前 広やで義父が「先生、先生」と呼ばれていた事を思い出した。

 私は先生なんかではなく、東京の自動車屋だと用も無いのに説明したが、考えてみると 「オッサン誰や?」という代わりに「先生」と呼んでるだけで、その方が耳障りが良く聞こえ、満更悪い気分はしないというのを知っての商売用語なのだろう。それに気づかずに「なんの先生に見える?」なんて答えたら、内心笑われるところだった。

 Photo_4 祇園祭名画集ー上村松篁(1902~2001) 会議の翌日、予ねて行きたいと思っていた鞍馬寺に詣で、源義経が修行をしたといわれる裏山から貴船を抜けて帰ろうと、奥の院まで行ったところ立て札があって、「これから先は不審者が出没するオソレもあるので、一人歩きはしないよう、特にご婦人はご注意を」と書いてあった。昼の日中心配なかろうと 山道に入ろうとしたら、「あら~3」とおぼしきご婦人から声をかけられた。「もし貴船までいらっしゃるのでしたら ご一緒できませんでしょうか?」lovely

 この話の先が気になりますか?道は結構険しく、小一時間も歩いただろうか、一汗かいて 無事貴船についた。道を右に行けば貴船神社。そこでのお別れは一寸残念?think 縁結びの神様だそうで彼女はお願いに来たらしい。私はご用がないから後ろ髪を引かれる思いでheart04 道を左にとってバス停へと下り、先程の喫茶店に入って喉の渇きを癒した。横浜の人だといっていたが願いが叶っただろうか?初対面のうら若き女性と人影も無い山道を歩けた 只一回の体験は、先生ではないが、骨柄人品卑しからずと見られたのであろうと自負している。

 もうすぐ祇園祭が来る。その頃が死んだ妹の四十九日で、納骨となるだろう。

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