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(281)三枚の葉書

 亡くなった妹の通夜の晩に、娘のY子さんが「おじさん 母の遺品の中に こんなものがありました。」と言いながら、古びた3枚の葉書を見せてくれた。消印を見ると 昭和20年3月23日発信人斎藤作子、同年4月9日同じく福井君子、同じく5月2日発信人Sの3枚だった。斎藤さんは母の妹、Sさんは3月10日の空襲で焼け出されるまで、私の祖父の家に同居していた私の家庭教師である。

 Photo 佐伯祐三「郵便配達夫」1928年 手紙の受取人は私の妹。その頃妹は、3枚目の葉書のSさんの故郷 長野市の実家に独り 預けられていた。小学校5年生になったばかりだった。アメリカ軍の空襲が日一日と激しくなり、都心の庶民は つてを頼って一家で地方に疎開したり、子供だけをお願いしたり、学校で集団疎開をしたりして 難を免れようと努めていた。

 そうした時、3月10日の大空襲で家が焼かれ、引っ越す田舎の無い私たち一家は 町内会でお付き合いをしていたMさんを頼り、Mさんの奥さんの実家の倉庫をお借りして住むようになった。そんな時の葉書だった。大日本帝国郵便 参銭とある。当時は検閲も激しくなり、封書は敬遠されていた。

S様方 福井敬子様 発信人 斎藤作子 (旧カナ使い 原文のまま)

その後益々元気でお暮らしとの事何より結構です。お母さんお父さんはじめ皆は無事に埼玉県の方に疎開中ですから安心なさい。其の内便りがあるでせう。叔母さんの家でも和子は、今月末に渋川の方面に集団疎開します。叔母さんも文子をつれて信州の方へ疎開するつもりです。敬子さんも元気に心配せず勉強なさい。左様なら 三月二十三日 (和子、文子は斎藤さんの娘、敬子の従姉妹)

福井敬子様 埼玉県北葛飾郡吉川町高富 発信人福井君子 (住所が読めるように県名以下全部にカナが振ってあった。なお 便りの本文も語彙を選んでルビを振っている)

敬子ちゃん御元気ですか、お母さんも元気です。もうすっかり春になりましたね。小鳥も楽しさうに歌ひ 若葉も美しいですね。敬子ちゃんも五年生になってうれしいでせう。家は姉ちゃんの手紙の通りやけました。それでやうやう表にかいてある場所に移りました。健祐(筆者注 ケンスケ 弟)も学校へ上がりました。皆元気です。御安心下さい。斎藤さんに来た手紙に着物がなくて困るとの事、どういふわけかわかりません。海軍服(セーラー服?)だけよそいきにして、活動着でもワンピースでもあるじゃァありませんか。順々にきて、よごれたのは叔母さん(Sさんの兄嫁さん)に洗ってもらひなさい。色々用事があるため、着物をこしらへてゐる間がないので、なんとか冬までには着物をこしらへておきますからね。

 では 御元気で米英の子供にまけぬ様に、体を丈夫にし 学校の成績も うんとよいのをとってください。では皆さんのいふ事をよくきいて一生けんめいやってください。さやうなら 四月九日

 私はこの葉書を読み 突然64年前に引き戻された。手紙の最後の「米英の子供に負けぬよう・・・・」に来た時 急に涙が溢れた。パソコンを打っている今でも涙が出てきて止まらない。そういう時代だったのだ。皆が我慢した。齢が丁度同じの、甘ったれの孫6号を見ていると本当にそう思う。家族から遠く離された五年生になったばかりの女の子だ。さぞ心細かったことだろう。毎日のようにこの葉書を出しては読んでいたのではないか。だからこそ思い出に残るものとして遺しておいたのだろう。戦争が終わっても帰る家や家族,両親を失った戦災孤児がいくらもいるのだから と思うけれど、私の兄弟では敬子だけがこういう思いをして可哀想だった。

006_2 中島千波「坪井の枝垂れ桜」1999年四曲一隻屏風  S様方 福井敬子ちゃん 発信人 S

敬子ちゃん 元気でゐますか そちらは今頃桜の花ざかりでせうね。東京はもうすっかり青葉の頃です。木の葉を気をつけてみると やはらかそうな緑色が何とも云えない美しさです。田舎のよい空気を吸って丈夫になって下さい。もう家から手紙が行ったでしょうが、みんな焼け出されてしまひました。私も敬子ちゃんの家の人たちと別れて今の所にいます。お母ちゃんから運動服を縫う白い布を預かっています。もう四五日のうちに私がそちらへ持って行きますから待っててください。そちらへ行った時に又いろいろお話しましせう。

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