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(274)小旅行 その2

Photo 米田共人「洛北近郊」より[萌え」 桜に目が奪われている隙に若芽が萌えいでて、あっという間に街路樹も緑一色になった。気がつけばつつじも既に満開だ。さくらはその存在を強調するが、名もない木々の若葉が 何時の間にかあたりを彩っている。やさしく癒してくれる色で。

 グリークラブ同期の旅行会はT君が幹事で今年は箱根周遊と決まり、4月21日に芦ノ湖畔の「山のホテル」に宿泊した。私は折角の機会なので女房と前日に出かけ、小田原の「澤亭」でゆっくりとワインと昼食を味わい、修善寺から「浄蓮の滝」を見て伊豆長岡に泊まった。翌朝三島大社に詣で、三島市立公園「楽寿園」を見物し、名物のうなぎで昼飯を済ませてから、バスで元箱根まで 新緑の箱根路を駿河側から揺られて行った。

 成川美術館からの富士069_15  天気予報では 旅行の前後の日は好天だが 3日間だけは曇り空で雨も降るとのことだったので覚悟して出かけて行った。九州からはるばる参加するK君夫妻は 富士山が見られず気の毒だなと思っていた。ところが 雨は宴会の夜だけで、観光する日は写真のように快晴に恵まれ、k夫人は大喜びだったし、私たちも嬉しかった。

 私の傘寿記念として娘たちに記念品を買ってやったお礼に、一同でデジカメをプレゼントしてくれた。そこで、その慣らし運転に持って出かけた。私の希望としては、従来のカメラのようにファインダーから被写体を覗く形式の方が良かったのだが、その型はカメラ本体が大きくなって携帯に不便だし、大仰だというわけで簡便な形のものになったらしい。

 Photo ホテルの玄関前で デジカメはいざ撮ろうとする時にファインダーにあたる液晶画面が光って、被写体が見えないことがよくある。日を背にして撮ろうとするから、自分の顔が映ったりして どういうフレームの中に納まっているのか判らず、いい加減にシャッターを押してしまう。そんな経験をされた方もおありだろうと思うが、呉れるという物に文句は言えない。有難く戴いて一日も早く習熟するように努めたい。

 宴会の冒頭、幹事さんが乾杯の音頭を取れという。そこで皆さんがビールを注いでいる間にごく簡単に次のように言った。「今日の旅行に参加できなかった人は可哀想、今日こられた人はお幸せ、来年も来られるように頑張ろう」と。もろもろの事情で年々参加者が減ってくるのは淋しいことだが致し方が無い。どちらが欠けても一人では出にくい感じになってしまい、今回は7夫婦の参加となってしまった。マメな人がいて、今までの記録をコピーして配ってくれたので、ここにも残しておこう。

1994年3月 横浜 グランド・インターコンチネンタルホテル:1995年3月 早稲田 リーガロイヤルホテル:1996年4月 福岡 博多全日空ホテル:1997年5月 熱海 後楽園ホテル:1998年5月 文京 フォーシーズンズホテル:1999年6月 北軽井沢 ラ・フォールホテル:2000年4月 日光 金谷ホテル:2001年4月 会津若松 向瀧/ホテル・プルミエール箕輪:2002年4月 沼津 淡島ホテル:2003年5月 青森/弘前 青森国際ホテル/いわき荘:2004年3月 東京/伊豆 後楽園ラクーァ/熱川グリーンホテル 2005年5月 信州 プロミネント車山高原:2006年5月 京都 宝ヶ池プリンスホテル:2007年7月 福岡 ホテル日航福岡:2008年5月 熱海 後楽園ホテル そして今年と16回、幸いにして皆勤。

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(273)小旅行

Photo 「早朝の陣取り」北の丸公園 今年のさくらは大当りだった。開花したての頃に気温の低い日が続いたことと、いつもなら「花に嵐」のたとえのように雨や風が意地悪く吹くものだが、今年は好天に恵まれ、満開になってからは気温も上がって暖かく、最高の花見日和が続いて有難かった。加えて 中学の同期生の一泊バス旅行に参加して、東京のさくらの終わり頃に甲州路を訪ね、桜と桃の両方を楽しむことが出来た。

 この種の旅行は、ご婦人方のほうが多いのが普通だが、私たちは旧制中学の男子校の同期会だから爺さんばっかり24名、例年の集合場所である東京駅丸の内南口に集まった。バスが到着する前に全員が集合済みで、賑やかに喋っている光景は当人達は気付かないが、一寸異様な感じではなかっただろうか?と思う。「どこかの宗教団体の旅行かな?若しかして・・・・講かナ?」

 去年は グリークラブの同期の旅行と重なって、こちらには参加できなかったが、一昨年は五月に信州を旅した。そのことは153話~155話の3回に分けて書いた。今年のグリーの同期会旅行は今月下旬、5月には私の傘寿記念として、孫一同を連れて箱根行きという小旅行が続く。今月11日に102歳を迎えた母が病院にいるので,何日も家を空けるわけには行かないから、外国旅行などはこのところ何年も行っていない。

御坂ふるさと公園にて415 中央高速や中央本線の車窓から見るこの時期の景色は、勝沼あたりから一面に桃が咲き乱れ それは美しい。さくら りんご、あんずの花に、菜の花の黄色が添えられて桃源郷とはこういう処なのかな という感じだ。少し靄ってはいたがいい天気だったので花々が映えていた。やはり陽射しを浴びてこそ花も光り輝く。

 真面目集団の旅行だから、昼食を食べてから開館30年の山梨美術館に入ってミレーの特別展を見、次いで武田神社に詣でてから宿泊先の岩下温泉に向かった。小さな宿だから我々だけの貸切で、女湯、男湯どちらでもご自由に入浴して下さい と言うことだったが、やっぱり私は男湯に入った。

 Photo_2 武田神社の濠別館に源泉湯があり 山梨最古の温泉というが湯温は28度しかなく とても冷たくて入る人はいなかった。へそ曲がりの小生は、うんと熱い湯に入るが如く、ソ~と沈んで暫く肌で味わってから、またソ~と出て、急いで身体を拭って着物を着た。少し暖かな陽気であったから挑戦できたものの、寒い時期ではとても入る気にはなれないだろう。だが汗腺が締って浴後がポカポカする感じで、面白い体験をしたものだと思う。

 宴会はコンパニオンが入るわけでも無し、爺さんだけの宴会だから盛り上がる筈が無い。カラオケだけが余興だが、下手で笑わせてくれる人も居ないので面白くもなく、2時間でお開きとなった。だが 毎度歌っていたY君が去年亡くなったと聞くと、こういう時間も大事な年頃になったのだナ としみじみと思う。

426 河口湖からの富士山 翌日は9時半に出発して、フルーツパーク=御坂ふるさと公園=河口湖(昼食)=忍野八海と見物して5時ごろ新宿に帰着した。御坂峠はトンネルで抜け、富士見茶屋があったのかどうか判らなかったが、太宰治の名文を思い出したりしていた。ここからの富士はやはり素晴らしい。

 幹事さんから健康保険証を持参するようお達しがあったが、幸いにしてそれを利用するような人は出なかった。酒だビールだワインだとワイワイ騒いで、おつまみ、お土産まで用意してくれる世話焼きがいるので、参加者には大変評判が良い。中には大阪から毎年やってくる者もいる。

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(272)身内の投票

 さくらコンサートの開催日は3月の最終土曜日と決めてある。忘れっぽい年寄りにはこういう決め方の方が覚えやすい。今年は28日に開かれた。去年は会場の窓から満開の桜が見られたが、今年は開花時期に低温の日が続き少し遅れて、満開は一週間後と思われる状況だった。この日も花冷えという感じだったが、多くの方々がご来場になり、「さくら募金」が128.551円と 昨年の3割増しにもなった。present

Dscn0201_2 米田共人さんの写真から「高野川」 お金が集まるのも大事だが、地域の方々特に 子育てで忙しく コンサート等に足を向けられないお母さん方や、生の音楽に接する機会の少ない子供達に 出前の音楽会として気楽に聴いてもらいたい、と思って待っていたのだが子供達が少なかったのは残念だった。PTAを通じてチラシを配ったりしたのだが、その面では成功といい難い結果であった。shock

 去年は私達のコーラスが2ステージ、ソリストは私達の指揮をしている東京芸大卒のソプラノと、同じくピアノ伴奏をお願いしている 同じく芸大卒の作曲家の独奏と身内だけの演奏だったが、今年は地元の混声合唱団が1ステージ そしてシニア会のメンバーにご紹介を戴いて ヴァイオリンとピアノの若手ソリストが、ポピュラーな曲を選んで演奏してくださったから、内容的には充実した音楽会になったと思っている。来年はどうしよう とこれからシニア会幹部と相談となる。

Dsc041201_2 米田共人さんの写真から「岩倉の里」 客寄せを狙って小学校の金管バンドを出演させれば父兄は大勢来てくれるが、子供たちの演奏が終われば帰ってしまう というのでは会場も落着かないし、金管バンドには昌平音楽祭という別の機会もある。また 自力では演奏会を中々開けない若手演奏家達に「人前で演奏する」機会を提供するというのも目的の一つだから、暫くはこれまでのスタイルで今後も続けたいと思っている。notes

  シニア会は39名が出演し「西岡瞳編曲集」から6曲を編曲者自身のピアノ伴奏で歌った。「さくらコンサート」と銘打っていながら、オジイサンがユニホーム姿で腰を曲げて出てきたのでは冴えないからと、ピンク色のアスコットタイに白Yシャツ姿で 腰をシャンと伸ばして整列したから 「みな似合っていましたよ」とお褒めの言葉を戴いた。だが、回収したアンケート50枚の内、32名が出演者から、今回の企画を知った というのだから、身内の投票みたいなものだ。

 それでもなんでも褒められるのが嬉しくて、アンケートの集計結果やお客様の感想文を打ち込んで、翌週土曜の練習に会報を配った。

設問1.「本日のコンサートは如何でしたか?」  答 A.大変良かった 41 B.まァまァ 4 C.普通 1 D.良くなかった 0                    

設問3.「今回の企画をお知りになったのは?」  答 A.区の広報 6  B.友人から 8  C.出演者から 32  PTA 1  E.その他 3                                             

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(271)本当のところは?

 Photo 平成19年10月から工事が始まった千鳥ヶ淵緑道の整備事業がこの程完成し、3月24日10時から竣工記念の式典が開かれるからご出席願いたいと、私に招待状が届いた。その日 九段下の駅で 後輩のN君にバッタリ。聞けば表彰されるところを撮ってくれるという。有難いことです。

 さくら見守り隊の代表者のご婦人の他3名が登壇して、区長から感謝状を受けた。シニア会は「コンサート活動を通じて、さくらの保護や育成の運動に協力した」とのことであった。まだ1回しか開いていないのに と恐縮するばかりであった。(第2回は3月28日に開かれました。)

 セレモニーが無事終わって、さくらもまだ早いし、曇り空で花見という状況でもないので、何処にも寄らずに帰ってきたら、女房が珍しく野球のTVを見ていた。普段 野球なんか見てないのにと思ったが、そうだ今日はWBCの決勝戦だ というわけで私も観戦となったが面白い試合で、とうとう昼飯を食いながら2時過ぎの試合終了まで釘づけとなってしまった。

 韓国5本、日本は15本という安打数で判るとおり、日本が圧倒的に押していたが決め手を欠き、また 韓国がよく凌いで延長戦に縺れ込んだから、なんだか嫌な気分になってきたところに、2死ながらヒットが2本続きランナー1,3塁、バッターはイチローと絶好の見せ場がやってきた。

 Wbc そこで1塁ランナーが走った。意表を突いた と言えばそれまでだが、若し2塁アウトとなったら 絶好のチャンスをつぶす事になってしまうし、第一1塁が空けばイチローは敬遠されるに違い無い、なんで岩村は走ったのだろう?走らせたのだろう?「判ってねえな」と独り言。(最近テレビに向かってよく独り言を言うようになった と笑われている)挿入した写真はWBC対キューバ戦のイチロー(サンディエゴ、ペトコ球場でのイチロー この時は5打数無安打だったとのこと・・・京都の先輩の娘さんが撮った映像です。クリックすると拡大されます。

 そうしたら 韓国は案に相違してイチローと勝負に出た。これには私も驚いた。イチローが舐められたのか?或いは侍ジャパンに敬意を表して、真っ向勝負を挑んだのか?おそらく後者であろう、敵ながらあっ晴れだと、その勝負に固唾を呑んだ。その結果はご承知の通り イチローが2ストライク1ボールからきわどい球を8球もカットしていい球を待ち、見事に打ち返した。「やった!」テレビの前で手を叩いて喜んだのは私だけではあるまい。

 翌日の新聞を読むと 韓国の監督はイチローの敬遠を指示したが上手く伝わらなかったという話だが真相はどうだったか?韓国でも問題になったらしい。「その時神様が降りてきた」とイチローが言ったとか。それにしても 日本人にとっては いい試合だった。バンザイ!

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