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(270)工夫

Photo 「富士」森田 茂

 〝くふう”と書くつもりだったが“こうふ”とも読めるのだと、変換されて気が付いた。そこで「いい出来栄えになるよう工夫する人」が一流の工夫なのかと思ったりした。今日は「くふう」について見当はずれのことを書く。

 3月は確定申告に時間を取られた方が多いと思うけれど、その人達の中で申告書第1表の25「政党等寄付金特別控除」の欄に数字を記入した方が何人おられただろうか?19「寄付金控除」なら小生も母校から時々証明書を戴いて記入するが、政党などにはおよそ縁が無い。

 区長の選挙の時にはお手伝いがあったり、懇意の区会議員の選挙の時には何がしかの金子を、軍資金のはしくれにでもしてもらおうと 差し入れたりするけれど、国会議員については直接的には無関係だし、顔も見えないから、党費を払うだけで何の支援もしたことがない。それが普通ではないだろうか?党費も関係ないという人が大半だろうと思う。

 政治資金規正法の詳しい事は知らないが、企業献金は「ダメよ」となったら国会議員の政治活動の資金はどうして調達したらいいのだろう?パーティーなどに参加して会費を払ってくることもあるが、そう度々はパーティも開けないだろうしモトもかかる。労働組合や会社、企業の団体からなる政治団体からの寄付ならばOKらしいが、それらの構成員は個人だから纏め役は大変だ。

 ○○さんの応援をするから寄付をしろと言っても、「俺は××党がいい」と言われたら纏まらない。また個人のポケットからでは嫌だ。会社から出金して領収書を呉れないか と言う人も出てくる。個人の献金が建前だから、会社はボーナスで補填するから取りあえず誰々さんの政治団体に寄付してよ ということになる。

 今度のような騒ぎになって、うるさくなってきたからお金を返すといっても返す先が潰れてもう無い とか笑い話がでているが、大所帯をまとめ力を伸ばすにはそれ相応の資金も要るだろう。だから不断の注意が必要だが、工夫が足りないと大変な事になる。北海道で名を上げたS氏が検察を「青年将校のよう」と笑った記事が出ていた。

 小選挙区制度になっても、世の中を変えたいと志して政治家になるには、お金持ちかタレントか、或いは何かの組織にいる人か政治家の後継者でないと当選ができない現実を棚に上げての評論は何故か空虚だ。

2「幻想」 野崎克彦写真集「富士山」より  新日本フィルハーモニー交響楽団の3月の すみだトリフォニーホール定期で、ベルリオーズの「幻想交響曲」を聴いた。何度となく聴いている曲だが、今回はちょっとした趣向があった。ハープ4台が2組になって左右に分かれ、指揮者に向かって舞台の最前列に並んだ。当然演奏者はお客様に背を向けて座っていた。

 左側はコンサートマスターを隠し、右側はビオラの第一奏者を隠す配置となっていた。ハープは大編成の曲等でソロを弾かない場合、バイオリン群の後ろに陣取っているのが普通だから、奇異な感じがした。

 曲の第1楽章は出番が無かったが第2楽章「舞踏会」で大活躍、そして第3楽章に入る前に奏者が退場、楽器は左右の袖に係員が片づけてしまった。ナルホドナという感じで、2組のハープの曲想の違いがよく分かって面白かった。その他、別の工夫も見られたがここまでにして、舞台という限られた空間で最大の効果を挙げるべくトライしたので、聴衆から盛大な拍手を受けた。その晩の指揮者は1975年イギリス生まれのダニエル・ハーディングであった。

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(269)第2回さくらコンサート

 Photo 来る3月28日(土)午後2時から 昌平童夢館でシニア会が主催して 2回目の「さくらコンサート」を開く。入場料500円だが、チラシには(500円以上ならお気持ちで)と書いてある。「皆様の浄財は全額千代田区のさくら基金に寄付されます。と添え書きしてある。

 去年は3月29日だった。初回としては大成功で 95800円も区に寄付することが出来た。シニア会メンバーの身内や知り合いが大勢来てくれて、募金箱に「音のしないお金」を大分投げ入れてくれたからだが、チラシには「千代田区の『さくら』を守り、育てるワンコイン チャリティーコンサート」となっている。

 こうした催しを褒めてもらおうとの魂胆でアンケートを用意した。書いてくださる方は大概褒めてくださる方だから メンバーの励みにもなる。そのあらましを217話「さくらコンサート開く」として去年の4月29日に書いたのでその一部を転記する。

 「シニア会のパワーと歌、福井さんのソプラノ、西岡さんのピアノ、どれも最高でした。そして感動しました。『さくら基金』についての寄付目的も良いと思います。本当にさくらの季節にピッタリのコンサートでした。来年も期待しています。」

 「どうですか?身内の方ではないのですよ。happy01 年金生活者が年金を戴くだけでなく、自分達が楽しむためだけでもなく、社会貢献も立派に出来る と気が付いて、来年も是非やろう という事に相成った。来年3月の最終土曜は28日だ。この日も晴れたら嬉しいが。」(ソプラノの福井さんはシニア会の指揮者、西岡さんは同じく会のピアニストです。)

 

 2 「ダイヤモンド富士」 野崎克彦写真集『富士山』より今年のソリストには、バイオリンの山岸さんとピアノの大吉さんをお願いした。何れも武蔵野音大卒の俊英だが、メンバーの知り合いをいいことに チャリティーコンサートだからと凄んで 格安の謝礼で出演して戴けることになった。勿論シニア会がその出演料は負担する。

 落語の「寝床」ではお料理まで用意するが、爺さんの男声合唱だけでは いくら気楽に下駄履き普段着で聴かれる「街かど音楽会」といっても、色気がなさ過ぎるから、こうして自腹を切ってプロを頼んでいる。予定されている演奏曲も肩の凝らないポピュラーな曲が多く、我々も昔懐かしい歌謡曲や歌曲を、芸大出の作曲家 西岡瞳さんに編曲して戴いて歌う。最後に会場のお客様と一緒に歌うというコーナーも用意している。

 この練習の他に私は 7月の末にすみだトリフォニー大ホールで開かれる東西四大学のOB演奏会にも出るつもりで練習に行っている。さくらコンサートの方はシニア会だからまだまだ先輩がおられるが、OB4連のほうは慶応、関学、同志社との競演となってしまうから 要求されるレベルも高くなるので気が重くなるし、練習回数も増えて負担が掛かるから高齢者はオンステを考えてしまう。そんな関係からか、稲門グリークラブ出演者の中では小生がとうとう最古参となってしまった。

 ところで、9日の新聞スポーツ面に「カズ最年長出場42歳10日」とあった。三浦和がJ1,J2を通じての最年長記録を更新し、ゴールまでしたという。OB4連というその合唱演奏会は2年毎に関東と関西が交互に開く。4年後は早稲田が当番で東京開催となる。それまで頑張れれば4大学で最古参となれるかも知れない。

 散歩をしていると何処からとも無く沈丁花の香りが漂ってくる。もう さくらの知らせが届いてきた。今度のコンサートの入場者は何人ぐらいだろうか?

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(268)ラストラン

Photo 「駿河富士」小山硬

 「さよなら東京駅発ブルトレ 富士・はやぶさ13日ラストラン」半世紀を駆け抜けるー車掌ら万感の思い と新聞に記事がでた。またテレビでも報じられた。たった1回しか乗らなかった寝台特急だが、当時、最新鋭の車両だった「はやぶさ」が今日をもって引退となると、懐かしくも淋しい思いがする。despair

 1960年5月5日 結婚披露宴を終え私の家にきた女房は 母に案内されて近所のちかしい家に挨拶回りをしてから、旅装に着替え 私と家を出た。やっと二人だけになったという感じで、それからの新婚旅行をどう楽しむか頭が一杯だった。東京駅には披露宴に出てくれた友人達が、そのままどこかで暇をつぶして、私たちを見送りに来てくれていた。照れくさいから早く帰ってくれればいいのに と思いながらも嬉しかったように記憶している。発車のベルが鳴ると「バンザイ しっかりやれ」と叫び声が上がり、慌てて窓を閉めたり手を振ったり、私たちはブルトレ「はやぶさ」の個室をとって、まず博多まで乗っていった。

 新婚旅行は何処にするか?と婚約時代 いろいろと話し合った。私は北海道にしたかったが、女房の両親が九州に行ったばかりで盛んに九州を勧める。「女は結婚すると中々遠くには行かれなくなるから」 というご意見で、当時は宮崎が新婚旅行のメッカであったから、そこを目指して ということに決まった。博多で友人にご馳走になった水炊きのスープの味は忘れられなくて、今でも時々その話が出る。

 車中1泊、博多、雲仙、熊本、宮崎、別府、瀬戸内海クルーズで船中1泊し、大阪から飛行機で帰ってきた。貧乏人が贅沢な旅行をしたものだと思う。当時は旅行社によるパック旅行などはなく、自分たちで時刻表を頼りに旅程を組み立てた。それもまた楽しかった。bullettrain

 前にも書いたけれど、1953年8月に突然店を継ぐようになってから、姉を嫁に出し、葬式を父と祖父母の3回出し、家を2軒建てと、毎年忙しかったし満足な旅行もできなかったから、自分にご褒美といった気持ちもあったのかも知れない。

 旅行中 私たちと偶然同じ旅程の新婚さんがいて、行く先々で逢うので何となくお互いに意識するようになり、目礼をかわすようになって、最後の黄金丸では互いの部屋を訪ねて自己紹介をするようになってしまった。

 東海大学出のお医者さんだったが、いまどうしておられるだろう?ご主人が一度NHKーTVの番組に出られたことがあったが、今でいうイケメン先生だった。奥さんも可愛かった。新婚旅行中に、よその奥さんに「可愛らしい」との印象を持つとは如何なるものか・と自問自答し、反省したことを覚えている。

 小姑五千匹の処に嫁に来て貰ったのに不埒千番と叱られそうで、かえって「ようし、俺はこの人を幸せにしてやるぞ」と心に誓ったものだ。

 “小姑鬼千匹”というから 末っ子が長男の嫁になるにはそれ相応の覚悟があったのだろうが案外豪胆で,「阿佐が谷では末っ子、末っ子って言われていたけれど、神田に来たら お姉さん、お姉さんと兄弟たちに言われて嬉しいわ」と平然としていた。当時は華奢なお嬢さんタイプだったから「へーェ」と思ったが、今では体型もしっかりとそのようになった。happy01

私たちも もうすぐ半世紀を駆け抜けることになる。

 

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(267)教育

Photo_4 「富士 」今野忠

 またまた日経新聞の広告のようになってしまうが、夕刊が面白い。前に「明日への話題」という欄を紹介したが、同じように日替わりで一流の人が担当する「プロムナード」というコーナーがある。こちらの方が字数が多い。火曜日はフランス文学者で いま売れっ子の鹿島 茂氏だ。2月10日は「ソバかラーメンか」というタイトルで、17日は「教育という『光』」という題名の文章でそれぞれ面白く内容もある。

 土曜日の「明日への話題」は、元東大学長で、物理学者・俳人の有馬朗人さんが担当されている。2月21日は「教師の情熱」 というタイトルで,いいお話が書かれていた。前回の「稲むらの火」を書く前に、その両方を読んでいたので、それらのお話を反映させたいと思いながら拙文を書いたのだが、上手くいかないので今日はつづきを書きたい。

 有馬さんはご自分の体験から、「教師の情熱の大切さ」を学ばれたと書かれた。鹿島さんは昔の師範学校に似た授業料一切免除・衣食住の心配皆無の国公立学校を、せめて1校でもいいから、日本のどこかに作ってもらいたいものだ と書いている。「親の事情で格差社会のドン底に落とされた子供たちに、その存在は無限の夢を与えると思う。」と言う。全文をお読みいただけば賛成されると思うけれど、それも出来ないのでこの文章の終わりだけ書き写そう。

貧困と悲惨という「暗闇」の中から脱出するのは教育という「光」しかない。これは、ヴィクトル・ユゴーが『レ・ミゼラブル』で定式化して以来の真実なのだから。

 古い話になるが、小泉さんが首相になった時、「米百俵」という話が紹介されたけれど、あの精神は生かされたのだろうか?教育改革は成果を挙げているのだろうか?郵政民営化だけの記憶しか残っていないとすれば、小生は誠に申し訳ないと言わねばならない。

 さて、この原稿を書いたのは2月22日だった。3月4日に公開を予約しておいたところ25日午後に、、東京学芸大学が「授業料免除、奨学金支給」というニュースが流れた。どんな規模でするのか分からないが、とも角いい話なので書くのだが、この原稿の発表のタイミングとしては甚だ拙くなってしまい、265話「うらばなし」の失敗例としての好例となってしまった。

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