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(251)一の宮巡拝

Dscf0177 写真は鹿島神宮の山門、素朴なつくりだが大きい。昼をとうに廻っているのに、陽が右から射している。珍しくこの門は西を向いて建っているのだと判る。くぐって参道を暫く進み、右に直角に曲がったところに鳥居、すぐに拝殿がある。先週の写真は山門の内側から撮ったものだ。参道の正面に拝殿があるのが普通の神社のレイアウトだが、この神社は北に向いて建っているのだ。参拝後、杉の大木が並ぶ道を東に進み奥社に至る。この簡素なお社も北向きに鎮座されておられた。「天子南面す」の常識からすると異なった造りなので、北の守りという意味があるのかな?と思った。

 神社の紹介文に、鹿島神宮は神武天皇の即位の年に創建されたとあったので、大和朝廷の力が、初代の即位の年に遥かに隔たるこの東国にまで及ぶはずが無いと思ったが、そこは大様に構えて、「神話の世界」と納得し帰ってきた。調べてみると、ご祭神の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と、香取神宮にお祀りされている経津主大神(ふつぬしのおおかみ)が、大国主命と交渉して「国譲り」を実現させたので、その功績によって祀られたとあるが、そんな神話はとうに忘れていた。

 Dscf0189 鹿島神宮は常陸の国の一の宮、香取神宮(写真)は下総の国の一の宮である。全国に何社の一の宮があるのか知らないが、九州、中国、畿内に多く、東北は少ない。手許の資料では、天孫降臨の地を含む西海道に10社、山陽道に8社、山陰道に8社、南海道に6社、となって畿内に入り6社、それから東国に向かい、東海道に15社、北陸道に7社、東山道に11社がある。その内、小生が参拝したことのある神社は12社だけだった。「四国霊場88ヶ所巡拝の旅」とか「33ヶ所観音霊場巡拝」とかはよく話に聞くが、「一の宮めぐり」というのがあるのかなァと思ったら、ちゃんと「一の宮巡拝会」という全国組織があって、機関紙まで出していた。「平成20年度関東ブロック交流会のお知らせ」として、今日(22日)に日帰りバスで東京駅に集合し、香取、鹿島両神宮の正式参拝と宮司さんの講演を拝聴するツアーが紹介されていた。記録として台東区にある東京事務局の電話番号を書いておこう。03-5823-3901

 一の宮の所在地がそのまま地名となっているところも多い。また、二の宮、三の宮も定められていて、それが地名となって残ってもいるらしい。以前、ゴルフで上総一の宮の駅に何度か降りた事もあったが、お宮参りはしなかった。神戸の三の宮は大震災で有名になったし、地名が姓に使われてもいる。グリーの後輩に三宮君がいるし、二宮君もいる。

 最後に、長部日出雄著「『古事記』の真実」(文春新書)について一寸触れておきたい。この短文を書くために態々買って読んだわけではない。著者の名を水曜日の日経新聞の夕刊「明日への話題」で知っていたので、(すいません、直木賞作家で、今秋の叙勲で受章された高名な作家と承りましたが、小説をあまり読まないもので)本屋で立ち読みして、面白そうだから買ってきた。今月の2日の毎日新聞の書評で、三浦雅士氏が「真摯な探究の末に見出されたもの」として本書を取り上げている。一言で言う。該博な知識に感心し、なにより面白かった。そして考えさせられた。人間にとって極めて大切な草の根の信仰心を根こそぎにした、占領軍GHQの「神道指令」という「宗教弾圧」が、今の殺伐とした世の中を齎したのか?と。

 

 

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