(250)紀元は二千六百年
昭和15年(1940年)は皇紀2600年と教わった。「紀元は2600年、あァ一億の胸は鳴る」と歌った。(胸が鳴るーだったか?)70歳以上の人ならば皆知っている歌だ。私は小学校4年生だった。「西暦でなく、日本国天皇の世紀だから皇紀という」と教わった記憶がある。西暦と区別し、「わが国の方が歴史が古いんだぞ」と肩を聳やかして威張っていた軍人さんを思い出す。
写真は、千葉県の香取神宮山門前で撮った。神宮の御創建は神武18年というから、計算すると平成20年は御鎮座2650年となるのかもしれないが一寸面白かった。同日に寄った鹿島神宮の創建は神武天皇即位の年とあったから、ご鎮座2667年となるのかもしれない。神話の世界がここにあった。
旅に出るとついでに神社仏閣に参詣する。日頃の不信心は何処へやら必ず寄る。寄らないと気がすまない という感じだ。お寺に行くと仏像を拝観し、お庭を眺める。神社に行くと、真っすぐにお賽銭箱の前まで行ってお参りし、あとは露店やお土産物屋による。なんとなく お寺よりも神社の方が気が浮き立ったりする。香取神宮のだんご屋の親爺さんが、「昔、神宮といわれたのは伊勢と隣の鹿島とここだけだったんですよ」と自慢をしていた。いろいろと世間話をするのも面白い。「香取は陸軍、鹿島は海軍の神様、ホラ、鹿島立ち って言うでしょう。お祭りは12年に1回、うま年の九月です。」などとガイドブックに無い話をしてくれた。
「それじゃァあと6年、私が84になったらまた来るよ」と言って帰ってきた。さて、約束が守れるか?
旅行の目的地は袋田温泉で、行きに水戸の偕楽園を見、花貫渓谷から袋田に入った。帰り道は大洗海岸から九十九里を一路南下して鹿島、香取の両神宮に寄った。少年講談でお世話になった塚原ト傳の墓は見ず、綺麗なお嫁さんを眺めて帰ってきた。日がいいとみえ、七五三のお宮参りも多く見られた。
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