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(247)紅葉の便り

011 10月の22日に日帰りドライブで河口湖へ行ってきた。紅葉はまだ早かったが、25日~6日に町内旅行で伊香保、それから末日に奥久慈に娘達と夫々1泊で行くので、どこかで当りが取れるかも知れないが、このところ暖かい日が続くから少し遅れるかもしれない。そうなったらまた行けばいいや という気楽な身分のようで用事もあって、素晴らしい紅葉に出会うことが中々ない。だから、紅葉見物の話になると、数年前に行った奥鬼怒の手白澤の話しかない。まだデジカメも持たず、ブログもやってない時だったので、日記をめくってみるしかないが面倒なのでやめ、今回訪れた「久保田一竹美術館」のことを少しご紹介する。Photo

右の写真は小袖の連作「富士山」の内の「恩」(Ohn)である。氏は富士山に魅了され、この地に彼自身の「夢の館」を建設した。それは、「人と自然と芸術の三位一体」と「新しい文化・芸術の発信地」を二大テーマとして、訪れる人々が潤いと安らぎを享受できる場所となることを願ってのことだという。この本館に氏及び一竹工房全体のライフワークである「光響」の一部が展示されている。

 それは、四季と宇宙を80連作で表現する事を最終目標として、国内外の大自然がそのモチーフになっていて、現在 秋・冬・そして宇宙の45連作が完成しているという。百聞一見にしかず で拙文では表現できない。その紋様染の小袖の展示に息をのむ。こういう作品があるのを知らなかった。1990年には「フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章」を受章、1993年に文化庁長官賞を受賞。1996年にはワシントンのスミソニアン博物館で長期間の個展を開催したという。

 Photo_2 与 勇輝作「太郎くん」1994年 庭も整備されており、紅葉が多いから、11月にでもなれば見事だろうと思う。あいにく我々は観賞できなかった。河口湖周辺では現役時代の夏に合宿した、思い出の元「幽静館」の跡を見、また「河口湖ミューズ館(与 勇輝館)にも立ち寄った。期待していた作品の数は少なく、めぼしい人形は各地に巡回しているようだった。彼の作品は何時みてもホッとする。一昨年東京のデパートで見たお人形にはお目にかかれず残念だった。

「もみじ回廊」近くの小しゃれたレストランで、おそい昼食をとり、西湖によってから帰ってきた。往復とも道が空いていたので助かった。二人の娘が交代して運転手を務めてくれたが、最近はすっかり馴れて、右足が突っ張ることも無くなった。

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(246)国際指揮者コンクールに優勝

Photo 会場前のお二人・三ツ橋さんは数枚の賞状を持っている。 6月28日の「(229)悲報・朗報」でご紹介したシニア会の元指揮者、三ツ橋敬子さんが、国際指揮者コンクールで優勝し、この程、ご本人から次のようなメールが届いた。「この度イタリア・トレントで開催されました第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで優勝する事が出来ました。このコンクールでの日本人の優勝は初めて、また日本人女性指揮者のコンクール優勝は松尾葉子先生以来25年ぶりとのことです。併せて、聴衆賞、アントニオ・ペドロッティ協会賞と全ての賞を頂くことが出来ました。また第2位は、芸大の大先輩であられます大井剛史さんでした。」

 準優勝の大井剛史さんにもシニア会はお世話になっている。かってシニア会の指揮者であったお二人が優勝、準優勝を分け合ったニュースに会員は大喜びだ。「俺達が育てたから・・・」と大いなる不遜な輩である。お二人とも松尾葉子門下生で、大井さんは芸大の大学院に入る頃、三ツ橋さんは芸大に入って直ぐにシニア会とご縁が出来た。

 24369_4381 彼女は1999年(平成11)8月の第2回昌平音楽祭で、山田和樹君指揮のピアニストとして出演した。また翌2000年3月の第2回定期演奏会では、大井さん指揮のシニア会のピアノ伴奏で出演している。同年8月の第3回昌平音楽祭から指揮者として参加し、2004年5月のシニア会オリジナルCD「日本の歌」の収録まで、指揮者として我々を指導してくださった。6年間のお付き合いで、台湾演奏旅行にも参加された。ちなみに山田君は現在、プロ合唱団東京混声合唱団の常任指揮者を初め、オーケストラの指揮等各方面で活躍中である。

 大井さんにはシニア会創立当時にお世話になり、ハワイ演奏旅行にもご同行戴いた。また稲門グリークラブの指揮もお願いし、山形演奏旅行や2002年12月のOB会創立50周年演奏会にも出演していただいた。そのようにご縁が深いお二人の出世だから、どうお祝いしたら良いものかと腕をこまねいている。そのCDもいい記念になったし、「幻の名盤」として価値が上がるのではないか?とニヤついている。happy01今にして思えば、シニア会はいい指導者に恵まれていたのだと言えよう。24389_913281 

 このコンクールは1989年が第1回だから、比較的若いコンクールだと思う。隔年に開かれ、第3回に岩村 力氏が3位に入賞している。審査員は7名で、うち日本からは現田茂夫氏が第8回から招かれて連続して審査に当たっている。東京を始め世界の4都市で予選があり、150名が参加、本選に残った38名が9月23日から10月5日の日程で、数次の審査をへて最終選考に進んだ。その内日本人は8名であった。

 最後にトレントは北イタリアの人口11万の都市で、ヴェローナの北100キロ、アルプスの麓にあり、第一次世界大戦まではオーストリア領であったという。そこで閃いて、娘を訪ねてイタリアを旅した時読んだ、ゲーテの「イタリア紀行(上)」相良守峯訳(岩波文庫)を開いてみた。38ページに「1786年9月11日朝、トレントにて」とあった。ついでに少し読んでみた。「ボーツェンからトレントまでは9マイルあるが、谷間は次第に肥沃になってくる。・・・」と続く。フランス革命の少し前、ゲーテこの時37歳、関係は無いが、音楽家ではモーツアルトが30歳。日本では田沼意次が失脚し松平定信が老中となって、寛政の改革を始める内外ともに不景気な時期、ゲーテはノンビリ馬車にゆられながら、アルプスからの道を楽しんでいたんだと知った。いま、この二人は、故郷に錦を飾るべく頑張っている。おめでとう。wine

コンクールの詳しい模様は11月8日発行予定の「シニア会通信20号」に記載いたしますので、シニア会のHPからご覧下さい。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~fyuuki/toguri/

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(245)四本柱

2001  この頃歩いていると、何処からともなく甘い香りが漂ってくる。金木犀が何処かに植えられているな?と思わず辺りを探したりする。それは早春の沈丁花の時と同じだ。ビルの谷間でも季節の移り変わりはよく判る。蝉の声はとうに聞こえなくなリ、今は虫の音がしきりだ。

 冒頭の写真は、私の書斎から真南に建築中のビルで、槌音が賑やかだ。百メートルの高さになるという。東には既に秋葉原UDXビルが壁のように建っているが、それを隠すように、先日殺傷事件のあった外神田3丁目の交差点に百メートルの高さのビルが建築中である。003 右の写真がそれだ。

北より少し西にずれてはいるが、JR御茶ノ水駅のホームから見られる東京医科歯科大学病院の完成間近の新ビルは軒高110メートル、全高は129メートルと表示があった。そして真西にある同駅聖橋口前の、旧日立本社ビルが、建てられてから間が無いのに、建替えられるという。どれほどの高さに変わるのか判らないが、直線で100メートルぐらいのところの東西南北に、4本の柱が建って、ますます空が狭くなってしまう。

 3_002 そのように、大型ビルがドンドンと建って、この付近はまたまた様変わりをしている。つくばエクスプレスの開業に合わせて、秋葉原の駅舎が改造されたが、今は西口電気街口を改装中だ。電気店も大型店に対抗しての新改築が盛んだ。

 私の散歩コースの駿河台でも建築が盛んで、これについては項を改めるが、ニコライ堂の真下にある三井住友海上の新館が建替え中で、ここにも大きいビルが建つ。そして極め付きは淡路町2丁目の再開発で、神田郵便局前の一帯が様変わりする。当然、高層ビルも建つ。

 そんな環境の中に、アメリカの金融不安に始まった世界同時株安で、日経平3_001 均株価も7日連続の下げで大暴落だ。大和生命という中堅生保会社が破綻のニュースが出た。厚生年金のようなファンドの運用は、株式や債券への投資で行なわれている。内外の基金や財団も同じで、「こんな事が続けば、ノーベル賞も副賞の賞金が減るかもしれないよ」と呟いたら、「今年、4人も貰えてよかったわねぇ」という答えが返ってきた。そんな次元の話ではないが「ビルは建ったがテナントなし」というような不況にならなければ良いがと思う。

 

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(244)二つの「ふるさと」

2_2 原画・原田泰治 茨城県行方市【秋一色】

 この頃の郵便切手は楽しい。これは「ふるさと切手」の第2集で【秋の風景】というサブタイトルで 行方市を含む10の地方の風景画が切手になっている。あとで第1集の夏バージョンをご紹介するが 何れも心温まる童画である。タイトルに「ふるさと 心の風景」Hometowns・Scenes in My Heartとあった。lovely

 近頃は私のような年寄り(本人はそう思いたくないが)でもメールとやらを利用して大概の用事を済ませているから 中々郵便を使わない。それでは民営化した郵便局は困るから種々と工夫を凝らして 情緒に訴えて利用の促進を図っている。postoffice

 話が変わる。

 小学唱歌の「故郷」は 詩もメロディーも素晴らしい名曲だと思う。海外におられる年配の日本人が この歌と「赤とんぼ」を聴くと殆んどの方が涙を流されるという。都会生れで育ちの私でも この歌のような故郷の情景に憧憬をもつ。

 Photo_2 高知県安芸市【野良時計】合唱曲に唱歌が編曲されて曲集となる場合 この曲が外されることは先ず無いといって良いので、私達もよく歌う。だが 私達にはもう一つ「ふるさと」という愛唱曲がある。それは室生犀星の詩「ふるさとは 遠きにありて思うもの そして哀しく歌うもの・・・」を男声合唱にした磯部 俶作曲の「ふるさと」である。

 この曲は合唱コンクールの課題曲にもなった名曲で、OB4連(早稲田、慶応、関学、同志社)の古いOBなら皆さん一度は必ず歌った事があるといっていい曲だ。磯部さんは早大グリーの先輩だから 当然早稲田の持ち歌で50歳以上のOBなら全員暗譜(楽譜を見ない)で歌う愛唱歌であった。

W と過去形で書いた訳は OBが歌うこの曲を聴いて「いい曲ですね」と言う現役が多くなってきた つまり現役の愛唱歌ではなくなったということだ。愛唱曲として歌い継がれている曲は数々あるが、この「ふるさと」が何時の頃からか外されてしまった事は 古いOBにとってはショックだった。weep

 来る11月22日(土)にサントリー大ホールで早大グリークラブ創立100周年記念演奏会が開かれる。「次」の100年を目指し 内外の著名作曲家に新曲を委嘱初演したりして、意欲的なプログラムを組んでいま猛練習の真最中で 、小生もその一部に出演するが、現役と歌うそのステージに この「ふるさと」を入れてもらった。この演奏会はOB会の主催だが現役グリーも共に100周年を祝うという趣旨で開催される。著名な合唱指揮者松原千振氏や高名な作曲家荻久保和明氏がタクトをとり、NHKの柿沼アナウンサーも司会の労を取る第3ステージは250人以上の男声合唱となる。単独校の演奏としては おそらく今後も無いだろう。

 

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